<   2011年 03月 ( 3 )   > この月の画像一覧

希望の松

毎日思っていること、言いたいことは数多くあるけれど、まだまだブログを書く気分にはなかなかなりません。
ここ数日はテレビもほとんど見ていないし、パソコンも2、3日に1回開けば良い方です。
そんな中、今日の産経新聞の記事の中に見覚えのある建物の写真が載った記事を見つけました。

-------------------------------
1本残った「希望の松」 陸前高田市の高田松原 (「産経新聞」2011.3.30 08:14 )

 津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市では、日本百景に選ばれた名勝「高田松原」も無残に削り取られた。だが、約7万本の松林のうち1本だけは津波の猛威を耐え、瓦礫の中で空に向かって立っている。

 岩手県観光協会によると、高田松原は弓なりの砂浜に1667(寛文7)年、地元の豪商が防潮林として約6千本の松を植えた景勝地。毎年15万人が訪れる東北有数の海水浴場としても知られる。

 残った松を見た同市の男性運転手(57)は「あの津波でよく残った。地元では、不屈の精神を感じて『希望の松』と呼ぶ人もいる」と語った。

 同市の自営業、照井義博さん(47)は「小さいころから遊んだ松原をいつか元に戻したい」と話した。

-------------------------------

ああ、津波に耐えて残った松の背後に見えているのは、紛れも無く1999年と2002年に自分が泊まった陸前高田ユースホステル。
建物以外は全て流されてしまって以前の面影は無いけれど、きっとユースホステルの建物が松の木を津波から守ってくれたのだと思います。
当時、まだ夕方6時なのに晩飯を調達するために陸前高田の市街地を彷徨ったにもかかわらず店が見つからなくて結局、国道沿いのコンビニで渋々弁当を買ったこと、朝早起きして松原の砂浜を行ける所まで散歩したことなど、当時の記憶が思い出されてきて、涙が止まらなくなりました。
あの時にお世話になった方たちはみんな無事でいてくれるだろうか・・・
もし生きていたら、この松のように強く生きてほしい。

今はまだ復興に向けて精一杯の時期。
でも何年か経って観光に行ける時が来たならば、またこの松の木に会いに行きたいです。
by naka1md30 | 2011-03-30 13:44 | 雑記 | Comments(2)

今できることをやるのみ

東日本大震災の発生から4日。
かつて訪れた南三陸町や陸前高田市、宮古市を初め、各地の被災状況を目のあたりにし、お世話になった方々達が眠れない夜を過ごしていることを考えると、毎日胸が張り裂ける思いです。
震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、一人でも多くの命が助かることを願っています。
今の段階で自分にできることは少ないけれど、日本が戦後最大の危機を乗り越えられるよう、これから自分のできる範囲で協力していきたいと考えています。

自分の方はというと、家や職場の建物に地震による多少の損傷があったものの、幸い人的な被害はありませんでした。
日中は計画停電への対応でほとんど仕事にならず、夜は交代で職場に泊まるなど、まだまだ日常の生活に戻るまでには程遠い感じですが、被災地で頑張っている方々達の苦労に比べたら、何てこともないレベルです。

福島浜通りでは原子力発電所の危機も去っておらず、これからも困難は続くでしょう。
でも、何とか協力して頑張って東日本の意地を見せてやりましょう!
by naka1md30 | 2011-03-15 05:06 | 携帯から | Comments(6)

また一つ歳を取ってしまった

職場でのポジションがすっかり若手とは言えない感じになり、正直あまり嬉しくない(笑)

まあ、元気っちゃあ元気ではありますが、CBRの廃車に引き続き、最近、お仕事PCがぶっ壊れたりやら何やらで、少々停滞気味ではあります。

f0126932_053038.jpg


そうそう、まだ正式決定ではありませんが、もしかしたら青いバイクがもう1台増えるかも・・・
by naka1md30 | 2011-03-08 00:24 | 雑記 | Comments(3)