三陸探訪 その2 (宮古~山田~大槌~釜石)

三陸沿岸出張2日目は、宮古市から釜石市の沿岸を辿りました。
この日は朝から素晴らしい青空が広がり、今年の夏の猛暑が嘘のような秋らしい一日でした。

そういえば、自分が初めて三陸を訪れた1999年の秋は、ちょうどこんな穏やかな秋の日でした。
真っ青な空に養殖いかだが浮かんだ穏やかな海、沖から帰ってくる漁船のエンジン音・・・
その時のイメージがあまりにも強すぎて、2002年の冬に鉛色の三陸の海を見た後でも、2011年の3月11日までの長い間、青い空と青い海が自分の中での三陸の風景でした。
写真は宮古市の閉伊川河口と穏やかな宮古湾。
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2011年3月11日。
あの日この場所で撮影された映像の中の光景は、自分の理解をはるかに超えたもので、これまで見たことがない恐ろしい海の姿でした。
車や漁船が押し流され、見覚えのある町並みが破壊されていくのをただ呆然と見たのを覚えています。
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震災の日に浸水した宮古市役所のエントランスには、浸水ラインの表示と津波が襲来した15時24分で止まった時計が残されていました。
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宮古の南隣の山田町もまだまだ復興が始まったばかり。
海の養殖いかだや護岸は徐々に昔の状態に戻りつつありますが、国道45号沿いのかつて市街地だった場所は更地の状態です。
中央奥に壊れた防潮堤の一部が残っていますが、津波は軽々と防潮堤を破壊し、手前の市街地を飲み込んでしまったそうです。
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JR山田線も運休中。
津波に流されずに残った区間も、線路が真っ赤に錆びてしまっていました。
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山田町は津波の後に大規模な火災も発生しました。
津波の避難場所にもなった御蔵山の上には、JR陸中山田駅の駅舎にあった時計が残されていますが、針は津波が襲来した15時27分で止まり、その後の火災で真っ黒に焼け焦げています。
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さらに隣の大槌町も市街地が消え、メインストリート沿いも更地が広がるばかり。
今回の震災が起こるまでは、人が住む町が一瞬で消えることがあるなどとは思いもしなかったので、またいつでも旅に出れば同じ景色が見られると思っていました。
かつてこの大槌町を訪れた時に1枚も写真を撮らずに帰ってきてしまったこと、そしてランクルで走ったこの場所の記憶がほとんど残っていないことが残念でならないのです。
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町長や多くの職員が亡くなった旧大槌町役場。
実際にこの目で間近に見てきましたが、色々な思いがこみ上げてきて写真を撮ることができず、道路から遠巻きにこの一枚を撮るのが精一杯でした。
この旧庁舎は、入り口部分の一部を残して撤去されるとのことです。
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大槌町からさらに南に下った釜石市の鵜住居にある、釜石市の鵜住居防災センター。
津波避難の施設ではなかったこの場所に避難した多くの人々が、海(右手)から襲ってきた津波に施設ごと飲まれ亡くなりました。
ちなみにこの建物は、近く取り壊しが行われるとのこと。津波が突き抜けた窓から外を見てみると、何台ものダンプカーが土埃をあげて走り回っていました。
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この日の最後は釜石市へ。
津波避難場所の高台から見下ろした釜石湾。
こちらもあの日の海の姿が想像できないくらいに穏やかな景色です。
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地震で地盤が沈下したのか、護岸と海面の高さがほとんど同じ状態になってしまっています。
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被災した多くの建物は撤去されてしまっていまいましたが、残った建物にもこんな感じで当時の浸水ラインの表示が付けられています。
ちなみに写真は、釜石海上保安部の庁舎です。
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by naka1md30 | 2013-09-11 00:28 | 旅とツーリング | Comments(0)
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